近現代に建てられたモダン建築の数々は、街の記憶を雄弁に物語る生きた証人です。近代以降、戦争や震災の被害が少なかった京都には、モダン建築が数多く現存しています。ですが、これまで京都といえば神社仏閣や桜、紅葉、というイメージが根強く、近代の建物が光を浴びることは多くありませんでした。
2021年、京都市京セラ美術館で開催された「モダン建築の京都」展は、これまでまとまって語られることの少なかった京都のモダン建築に光を当て、資料展示にとどまらない横断的な連携によって、京都のモダン建築に実際に触れる豊かな体験の機会となりました。
しかし、明治・大正から昭和・平成を経て令和へ。時代の波は激しく、多くのモダン建築が存続の危機に直面しています。公的支援に限度があるのは言うまでもなく、また海外に比べて建物保存の制度が整わない日本では、さまざまな形で周りが協力しなければ建物が残りにくい状況があります。このため、現状、こうしたモダン建築の維持継承はほとんどが所有者の個人的努力と献身に拠っています。
モダン建築には、京都という都市が経験してきた歴史と社会と経済と文化が、そして市井の生活が醸成してきた京都らしさが、色濃く表出しています。一歩足を踏み入れれば、身体全体で感じる、場の質感。歳月を経た建物ならではの、深みと味わい。専門的な知識や前情報がなくとも、建築そのものが語りかけてくる情報は雄弁です。
そして、その奥には、知れば知るほど面白い建築文化の深みが広がっています。建築主や建築家は言うまでもなく、その建設や維持管理に関わってきた施工者、技術者、職人といったつくり手たちの着想、技術、思想。これまでの歴代オーナーや使い手たちが紡いできた物語や時代背景。そこで繰り広げられてきた営みや世界観の変遷。さらに、建築どうしの時間と空間を超えたつながりや、京都という都市へのまなざし。どの建築にもそれぞれの歴史と物語があり、陰に日向にそれを支えてきた無数の人たちがいます。
たしかに京都は戦争や震災の被害が少なかった。でも、それだけで建築は残りません。守ってきた人がいる。受け継ぎ、守り、心を注いできた一人ひとりの意志と努力がなければ、今ここにある建築と出会うことはできませんでした。ここまで受け継がれてきた建築が、今を生きて私たちの暮らしや文化や街並みを豊かにしてくれているという奇跡。この営みがこれからも続くことを願ってやみません。
その一助となっていきたいという願いをもって、「京都モダン建築祭」は生まれました。普段は公開されていない建築が、関わる人に支えられて、このときだけ扉を開く。それによって、京都で大切に守り継がれてきた建物や営みが“生きた文化財”として受け継がれ、時代に相応しい形で共に未来へ進んでいけるように。さまざまな歴史と文化が層をなして重なる建築文化を多くの人と共に楽しみ、受け継いでいけるように。次の世代を担う若者やこどもたちが、こうした建築を守りたいと思ってくれるように。建築そのものの素晴らしさができるだけ生き生きと伝わるように。だからこそ、愛情の伝播、発見と学び合いを大切にしたいと考え、専門家によるガイドツアー、オーディオガイドやオンラインコンテンツ等のプログラムを展開し、オーナー自身や当事者によるお話やもてなしを大事にしています。刻々と変わりゆくまちなみの中で、歴代の人々によって大切に守り続けられているモダン建築の存在とその素晴らしさを、多くの人と共に味わいたい。建築を観る対象として楽しむという体験を、もっと多くの人と共有していきたい。そう願っています。
京都モダン建築祭は2022年に初開催し、初年度の参加建築数は36件。建築一斉公開イベントでは全国でも珍しい有料パスポート方式を導入し、参加費の一部を建築の保存・保全に還元しました。成果と課題の詳細は3月に公開した報告書のとおりで、社会の期待と関心が我々の想定と準備を大きく上回っていたと受け止めています。
2年目となる2023年、こうした総括をふまえ、初年度の課題解決と内容の拡充をめざし、新たな体制で準備を始めました。まず、期間は昨年の3日間から週末2回を含む11日間に拡大し、参加建築にも見学者にも機会の拡充をはかります。そして、エリアは2022年の中京・御所西・岡崎3エリアから、より広域に展開します。南は東西本願寺が並び立つ七条エリアから、魅力的な商業建築が続く河原町・五条エリアへ。北はヴォーリズ設計の教会が点在する北大路一帯をはじめ、日本画家たちが集住した"絵描き村”衣笠や北野まで。2023年は参加建築50件を目標としています。
さまざまな可能性を想定し、混雑緩和や見学機会の公平性の観点から、オンライン事前予約や抽選等のしくみを取り入れると共に、ウェブサイト、SNS、紙媒体等を組み合わせた情報提供に努めます。そして、昨年好評だったガイドツアーについても、継続と充実をはかるとともに、日程を分散するなどして、受け入れ人数の増強をはかってます。また、オンラインプログラムやトークイベント等を企画すると共に、建築祭期間の京都体験がより豊かになるさまざまな連携企画も、参加建築や連携パートナーと共に計画中です。
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京都は、近世以前に建てられた数多くの神社仏閣や約4万件もの町家が現存する街として、世界的に知られています。しかしながらその京都が、明治期以降に造られた比較的新しい「モダン建築」の宝庫でもあり、その「モダン建築」が京都の風景の一部を形づくっていることについては、まだ十分に認識されていないように思われます。
西洋の技術をいち早く導入した琵琶湖疏水や発電所。西洋文化の象徴である国立博物館や三条通の洋風建築群。学術の先端である同志社や京都大学など高等教育機関の校舎群。そして、東山の琵琶湖疏水を活用した豊かな庭園を擁する数寄屋造りの別邸群。いずれも明治以降の近代化によって生み出された、京都ならではの豊かな建築遺産です。
「京都モダン建築祭」は、こうした近代以降の建築遺産に光を当て、その歴史や魅力を多くの方々に、そしてより深く知っていただくためのイベントです。京都の「モダン建築」がいかに豊かで個性的で、同時に時代を超えた普遍的なものであるか。それを知るには、何よりも実際の建物を訪問し、体験することから始まると考えています。その体験の積み重ねにより、「モダン建築」もまた、今後長く受け継がれる新しい京都の伝統となっていくことでしょう。
建物を所有・管理する皆さんや、それを支える地域の皆さん、行政の方々、イベントに参加される皆さんとともに、モダンな京都の魅力を育んでいきたいと思います。
「京都モダン建築祭」の実現に向けて、ぜひご協力をお願いいたします。
建築史家。京都工芸繊維大学助教。専攻は近代建築史、建築保存再生論。リビングヘリテージデザイン(旧住宅遺産トラスト関西)理事。DOCOMOMO Japan理事。著書に『ダッチ・リノベーション』『村野藤吾のリノベーション』『建築家 浦辺鎮太郎の仕事』『建築と都市の保存再生デザイン』『村野藤吾の建築』『関西のモダニズム建築』ほか。京都モダン建築祭実行委員長。
京都で見るべきは、モダン建築です。幕末に西洋建築の情報が日本に入ってきてからの優れた建物が、この街には数多くあるのです。
それはなぜでしょうか? 空襲を本格的には受けなかったから。明治以後、いっそう文化的な日本の中心地として理解された京都には、日本を代表する建築家たちが作品を残したから。伝統建築を大事にする人たちは、モダンなものもまた大事にして、建物が受け継がれているから。優れた伝統があるからこそ、それに設計者が向き合い、良い蓄積を取り入れたり、あるいはそれに勝るモダンさを打ち立てようとしたから。京都大学、京都工芸繊維大学、京都市立芸術大学など、近代の建築やデザインを代表する学問の都だから。
いずれが正しいのか、もしくは、さらに理由があるのか? 実際、豊富に残っているモダン建築を知って、巡って、考えてみませんか。京都に住むべき理由、訪れるべき訳も、さらに腑に落ちるはず。このプロジェクトが、日本で初めての試みとなります。最初の同伴者になっていただけたら、とても心強いです。
建築史家。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行っている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』、『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』ほか多数。メディア出演に「新 美の巨人たち」「マツコの知らない世界」など。日本最大の建築公開イベント「イケフェス大阪」、東京都品川区の「オープンしなけん」などの建築公開イベントに立ち上げから参画。京都モダン建築祭実行委員。
これまで私は、美術館で広く一般の市民に建築の魅力を伝え、建築ファンを増やしてゆくことを目指し、いくつかの建築展を企画してきました。来館者の感想として、展示を観て実物を訪ねたくなった、現場では知り得ないことが理解できたといった声を多く頂いてきました。京都市京セラ美術館で開催した開館一周年記念展「モダン建築の京都」(2021年9月25日〜12月26日)は、そんな声に応えようと着想した展覧会です。美術館そのものが都市のコアとなり、展覧会がコミュニティのプラットフォームになるようなキュレーションを実現し、展覧会と都市をつなぐさまざまな取り組みを通して、従来の閉じた展覧会から脱し、美術館の展示をコアに、京都市域を展示室に見立てた開かれた展覧会を試みました。
神社仏閣庭園だけではない京都における文化観光の新たな方向性を提示し、地域経済の活性化、社会課題の解決にもつながる可能性を追求した展覧会でした。
これらの取り組みは、企業・機関との連携を軸に展開し、街歩き音声ガイドアプリ開発、建物特別公開、建物探訪ツアー、レストランやカフェの特別メニュー、オンライン・コミュニティサロン、展覧会連携など、約25の旅行会社、飲食店、ホテル、観光関連団体、博物館・美術館などと連携し、これまでの展覧会にはない拡がりをみせました。この機に試みられた企画やサービスは閉幕後も継続しているものもあり、京都における新しい文化観光のコンテンツとして歩み始めています。なかでも開幕前から閉幕1ヶ月後まで約5ヶ月間実施した展覧会オフィシャル・オンラインサロンは、会員数が350人を超え、建築史家の倉方俊輔氏(大阪公立大学教授)と笠原一人氏(京都工芸繊維大学助教)と私の三人交替で二週間に一回オンライン・レクチャーを行いモデレーターの以倉敬之氏(まいまい京都代表)を交え、チャットで参加者と対話する企画です。通算10回のライブ配信のレクチャーとともに14回のリアルツアーを実施し、ハイブリッドなコミュニティの実践となりました。このコミュニティは、展覧会閉幕後に「あつまれモダン建築部」と名を改め、テーマも拡げて継続、この部活を核に、自治体や諸機関と共に進めている企画が「京都モダン建築祭」です。
建築最大の魅力は、個々の建築が向き合っている建築文化にあります。建築主や建築家、施工者といった創り手たちの着想・技術・思想、建物の使い手が紡いできた物語や時代背景、作品同士の時間と空間を超えたつながり、社会課題に取り組む姿勢や都市への眼差しといった建築文化の奥深さを鑑賞者と共有し、学び合うことこそが建築文化を楽しむ秘訣です。是非、この機会に京都の知られざる魅力に触れていただきたいと思います。
一級建築士/学芸員。京都市京セラ美術館企画推進ディレクター。1994年、早稲田大学大学院修了。2003年から森美術館に在籍し「建築の日本展」(2018年)、「メタボリズムの未来都市展」(2011年)などの建築展を企画。2019年より現職、「モダン建築の京都展」(2021年)を手掛けた。森美術館における一連の建築展企画で、2019年度日本建築学会文化賞受賞。京都モダン建築祭実行委員。
モダン建築は、驚くべき多様さでその場所の「らしさ」を体現しています。市や府の庁舎に代表される公共建築の数々。町衆の気概が生んだ元学区小学校や、豊かなキャンパスを有する大学といった学校建築群。世界的規模となっても京都に本社を置きつづける企業の草創期を支えた社屋。内外建築家が信仰と希望を託した教会や寺社の宗教建築群。さらに京町家の近代化をよく示す店舗併用住宅に、医院建築、住宅建築、プロフェッサーアーキテクトの実験的作品。そこから見えてくるのは、京都という都市がいかに新たな挑戦を続けてきたか。そして古いものを大切にしてきたか。いきいきと浮かび上がる京都の都市性はエリアを広げ参加建築が増えることでより鮮やかになり、心躍る出会いと発見をもたらしてくれます。
都市が理想を必要とするならば、この京都モダン建築祭で公開されるような建築群が希望を持って共存してゆける将来を私たちは見たい。京都モダン建築祭は、京都という都市の将来とそこでの人の営みをより豊かにしていくためのひとつの試みでもあります。千年続く祭をめざして、まずは2年目、次の一歩をどうかご一緒ください。
本事業は令和5年度文化庁文化芸術振興費補助金(地域文化財総合活用推進事業)の補助を受けて実施しています。